· 

2019年度新人公演脚本『パラレル』

新人公演脚本 2019

『パラレル』

 

登場人物

宮野 紗希:

優等生の研究員。明るい。真面目。楽観的。博士とは別の研究室。

速水 アト:

自分の将来に希望を持てない元会社員。トラウマあり。

碓氷 颯汰:

アトの同僚。お調子者。人の頼みは断れないタイプ。

博士:

日本で著名な研究者。天才肌。

助手:

博士の助手。冷淡。あまり感情が無い。

女2:

モブ。ラストシーンがあるから裏にいた方が良い

 

シーン

博士と助手・沙希のシーン:

椅子二つ。左に博士、後ろに助手。右の椅子に沙希。

アトと沙希のシーン:

椅子二つ。左にアト、舞台裏から管。右の椅子に沙希。

その他:

よしなに

小道具:

縄跳びと着けるもの・バインダーと紙とペン・漫画本と紙・黒ゴミ袋と適当な中身

 

 

あらすじ

優秀な研究員である紗希は、博士に”あること”を頼まれる。

「心理カウンセラーとして、アンドロイドの記録をとって欲しい」

どうやら博士の作ったアンドロイド「アト」が不良品だったらしい。

困惑しつつも真面目に仕事をこなしていく紗希。

しかし、紗希は彼の悲しい真実に気づいてしまう。

これは、少し先の未来の、絶望と希望のお話。

 

 

 

シーン1

(暗闇の中で)

博士「ここは、アンドロイドと人間が共存する近未来。アンドロイドも人間のような感情を持ち、同じような待遇を受けるようになった。」 

(明転)

(博士、助手板付き。博士のみ座っている)

SE:ノック(←この時沙希はまだ幕裏にいます)

博士「どうぞ」

SE:ドア1(押し戸)

(沙希上手から入る)

紗希「あの・・・」

博士「おぉ。よく来てくれた。ほら、入って入って」

紗希「失礼しまーす」

(この辺で助手が椅子を出す)

博士「いやあ、はるばるありがとう。君の噂はかねがね聞いているよ」

紗希「噂、ですか?」

博士「君はとても優秀な研究員だと評判でね、是非今回の任務を頼みたいと思ったんだ」

助手「博士は滅多に外部の人間に業務を頼まないので、とても名誉なことです」

紗希「あ・・ありがとうございます。」

博士「君も知っている通り、我々の実験室はアンドロイドの開発と支援を行なっている。ワシは、名だたる研究で素晴らしい業績を残してきた。じゃがな・・・」

紗希「はい」

博士「どうやら我が自信作たちに幾つか不良品が混じってたらしい」

紗希「えっ・・?」

博士「もう社会に流通していたんだが、上手く適合できなくてのぉ。その上、ワシのいう事を全く聞かない。そこでじゃ!そのうち1体の記録を取って欲しいのじゃ」

紗希「記録?」

博士「これが不良品のデータじゃ」

(博士、紙を紗希に手渡す(マイム))

紗希「速水アト、さん・・・?」

博士「もう彼には検査という形でワシの病院に入院させておる。そこで、新人心理カウンセラーとして病室に潜入し、日々の言動の記録を取って欲しい。」

紗希「それを、どうして私に?」

博士「機械の相手は人間の方がいいじゃろう。それに、ワシは今年、優秀な人材が必要なのじゃ。予算が減ったんじゃよ」

助手「タイムマシーンを用いた心理研究室があったのですが、去年業績を大幅に延ばし、そこに回ってしまったのです」

博士「誠に腹立たしい。ワシの方が早くから研究をしておるのに」

紗希「・・・・・はあ」

博士「おぉ、話が逸れてしまったの。記録を取る上で、幾つか注意して欲しいことがある。えーっと、どこかに書いておいたんじゃが・・」

助手「博士、私が代わりに伝えましょうか?」

博士「おお、じゃあ頼んだよ」

 

 

シーン2(シーン1の続き)

助手「大きな注意事項としては3つです。1つ目。病室には監視カメラがついていて、私たちが紗希さんと彼の様子を見ています。2つ目。彼の逃走を防ぐため、線をつないでいます。決して外してはいけません。そして最後に3つ目。彼がアンドロイドであることは、絶対に告げてはいけません」

博士「しっかり守ってくれよ。それと、この観察は5日間行われる」

助手「午前11時から12時の1時間だけ、記録を取って頂きます」

博士「あぁ、そうそう。安心せい。君に危害が加わる事は無い。致命的な不具合を発見したとき、ワシは即座に電源を止める。そうしたら、二度と生き返ることは無い。その時点で実験は終了だ」

紗希「私にそんな任務、できるのかな・・・」

助手「特に難しい業務ではないように感じます」

博士「まぁ、君ならできるさ。わしの目に狂いはないんじゃから」

紗希「わかりました!やってみます」

博士「ありがとう。じゃあよろしく頼むのお」

紗希「はい!」

(暗転)

 

 

シーン3

(アト板付き。左手首に管がついている)

SE:ドア2(引き戸)(明転してから)

(紗希、上手から入る。バインダーを持っている)

紗希「初めまして。新しく心理カウンセラーとして赴任した宮野です。よろしくお願いします」

アト「・・・初めまして」

紗希「えっと・・・速水アトさん、ですよね?」

アト「・・・はい」

紗希「よろしくお願いします。あ、まずこのシートに記入して下さい」

(アト、書き込む)

(紗希、点滴をじっと見る)

アト「・・・どうしたんですか」

紗希「あ・・いや、点滴大変だなあと思いまして・・」

アト「・・・そうですね」

(アト、再び書き始める)

(紗希、ジロジロ眺める)

アト「・・・はい。終わりました」

紗希「ありがとうございます・・・・えーっと・・・うーん」

アト「すみません、字が汚くて」

紗希「そ・・そんなことないですよ。そういえば、今年26才なんですよね。私と同い年です!」

アト「・・・はあ」

紗希「小学生の時とか確かセーラーアースとか?よく見たなあ」

アト「・・・はあ」

紗希「(照明スポットに&SE:ムーンライト)決め台詞は『地球に代わってお仕置きよ!』。あぁ、かっこよかった。(戻します)あ、ごめんなさい、私ばかり喋ってしまって。あまり同世代と喋る機会がなくて、つい・・・」

アト「・・・はあ」

紗希「・・・・」

アト「・・・・」

紗希「ち・・小さい頃、どんなテレビを見ていましたか?」

アト「あまり見た記憶がないです」

紗希「・・・あ、はい。・・・・」

アト「・・・・」

紗希「い・・・いやあ、それにしても久しぶりにいい天気ですね」

アト「ここ一週間くらい晴れだったと思いますが」

紗希「そ・・・そうなんですね。(とぼけるように)し・・・シラナカッタナア(時計を見て)あ!もうこんな時間!そろそろ失礼しますね。今日はありがとうございました。また明日きます。では」

(会釈し、紗希、上手へ消える)

SE:ドア2(引き戸)

アト「・・・」

(アト、虚ろげに遠くを見つめる)

(暗転)

 

 

シーン4

(博士・沙希板付き)

紗希「博士・・・任務ってこんな感じでいいのでしょうか」

博士「うむ、上出来じゃぞ」

紗希「っていうか・・・何なんですか、あのアンドロイド!頑張って話振ってるのに、『はぁ』とかばっかり!反応薄すぎませんか!京都のだしぐらい薄い!」

博士「・・・すまんのお、そのギャグ?はわしにはよくわからん」

紗希「あ・・・そうですか。ところで、博士、疑問に思ったことがあるんですが」

博士「ん?」

紗希「彼はどうして自分が人間だと思いこんでるんですか?」

博士「皆目見当もつかんな。それを確かめるためにも記録をとっているんじゃよ」

紗希「それと、私はこれから、どう接していけばいいのでしょうか」

博士「なぁに、そんなに気負いすぎることはない。ちゃんと話したいという態度をとれば、きっと相手も心を開いてくれるさ。それは相手がアンドロイドだからとか、人間だからとか、関係ないのじゃよ」

紗希「わかりました・・・やってみます」

博士「よろしく頼んだよ」

紗希「はい!・・・頑張ります」

(暗転)

 

 

シーン5

(紗希、アト板付。アト管付き)

紗希「こんにちは!早速始めますね、今日はちょっとした心理テストを行いたいと思います。これから3つの質問をします。素直に思ったことを答えてください」

アト「はい」

紗希「まる1。貴方はレストランで料理を注文しました。しかし、その中には1本の髪の毛が入っていました。貴方は店員さんに言いますか、言いませんか」

アト「うーん・・・僕は言わないですかね。気まずくなるくらいなら、言わない方がいいと思います」

紗希「なるほど。わかりました。ではまる2。明日、もし地球が滅びるなら、最後の晩餐は何を食べますか」

アト「んー、塩ラーメンですかね?一番好きな食べ物なので」

紗希「ちなみに、私なら千歳飴ですね」

アト「え・・・何でですか」

紗希「昔食べたんですけど、味がよく思い出せなくて・・・。大人になったら全然食べれないから、最後の日ぐらいは!って」

アト「(小さく笑って)・・・ふっ・・・面白い人ですね。あんなのただの飴なのに・・・」

紗希「んーそうなんですけどねぇ・・・じゃなくて、えーっと、まる3。親友の未来が読める能力と、親友の心が読める能力、欲しいのはどちらですか」

アト「・・・親友?・・・・選べません」

紗希「・・・え?」

アト「僕には・・・親友なんてもう・・・」

紗希「どう言うことですか・・・?」

アト「・・・それは・・」

(暗転・アトと沙希が椅子かたづける&アトは管と袖)

 

 

シーン6

(アト・碓氷、下手から入る)

碓氷「よぉ速水、残業、終わった?」

アト「碓氷!んー、もうちょっと、かな」

碓氷「何作ってるの?」

アト「笠原さんが、この結果をコピーしてまとめて欲しいって」

碓氷「これ、有名な理化学研究所のやつだよね?」

アト「・・・さあ?」

碓氷「あ、そうだ。休憩がてらに屋上でも行かない?」

アト「ん、賛成」

(一回右出てすぐ入る)

アト「やっぱり、高いなーこのビル」

碓氷「28階からみる夜景は格別だな」

アト「これで資料がなければなー」

碓氷「あはは、それは頑張れ、ったく。まあ、あんまり無理すんなよー、ほい、コーヒー」

アト「ん?ありがとう」

(少し間が空いて)

碓氷「速水ってさ」

アト「ん?」

碓氷「運命って信じる?」

アト「どうした、突然」

碓氷「いや、なんか気になってさ」

アト「碓氷・・・お前なんかあっただろ」

碓氷「なんもねえよ」

アト「なんもねえ奴は同僚屋上に呼ばねえだろ。まさか、彼女にフラれたとか?」

碓氷「・・・・(黙ってうなずく)」

アト「え・・・まじか。その・・他に好きな人ができた、とか?」

碓氷「ううん、二股されてた。・・・それで、向こうと結婚するからって」

アト「最低だな。まあ・・でも早めに気づけてよかったじゃん」

碓氷「・・・・まあな」

(少し間が空いて)

アト「あ、さっきの答えだけど、僕は信じないかな。そんなの後付けだなって思うし」

碓氷「・・・・俺は信じてた。趣味も、考え方も、好きなものもぴったり合うなんて、あいつ以外には存在しないって思ってたから。・・・それなりには頑張ってきたつもりなんだけどなー」

アト「・・・」

碓氷「ははは、まあ全部、俺の勘違いだったみたいだけど」

アト「・・・碓氷」

碓氷「あいつ、最後になんつったと思う?『騙される方が悪いのよ』だってさ。まあ、その通りだよな」

アト「僕は・・・お前が悪いとは思わない。彼女はそういう人だったんだよ、元々。

運命の相手なんかじゃなかった、って事」

碓氷「だけど・・・もし出来るなら戻ってきてくれないかなーとか、思っちゃったり」

アト「・・・は?!」

碓氷「(口元を少し緩ませながら)わかってるって。わかってるよ、ありえないことだって。それに、そんな事になったら、あいつの結婚相手にここから突き落とされちゃうだろうしね」

アト「はぁ、変なこと言わないでよ。でも良かった、冗談言えるくらい復活してるみたいで。碓氷・・・あんまり自分を責めすぎちゃダメだよ」

碓氷「(口元を少し緩ませて)心配するなって。今は仕事に集中するよ」

アト「(からかう口調で)じゃあ僕の残りもやってくれない?」

碓氷「(笑って)は?!誰がやるかよ」

アト「ははは、じゃあ、そろそろ僕、仕事に戻るから」

(アト、上手に歩き出す)

碓氷「速水!」

(アト、振り返る)

碓氷「ありがとう」

アト「お前がいつも頑張ってるのは知ってるからな」

碓氷「お前も言うようになったな」

アト「はは、たまにはね」

(アト、上手に消える)

(碓氷、悲しそうに見つめる)

(暗転)

 

 

シーン7

(沙希・アト板付。アト管付き。助手椅子出してください&漫画隠し持っててね)

紗希「・・速水さん!速水さん!」

アト「あ、すいません、ぼーっとしちゃいました」

紗希「いきなり魂抜けたから、びっくりしましたよ」

アト「すみません・・・」

紗希「えーっと、さっきの問題の話ですけど、うーん・・・・。私なら・・・迷いますね・・・能力・・・うーん・・」

アト「難しい・・・ですよね」

紗希「選択肢にないですけど・・・。私は、亡くなった人と話せる能力が欲しいです」

アト「え・・・?どうして、ですか?」

紗希「私は・・・・交通事故で陽奈を・・・親友を亡くしました。その時は、息絶える彼女をただただ眺めることしかできなかった」

アト「それは・・・辛い経験でしたね」

紗希「はい、その頃は、自分を不幸だと思っていました。ですが、今は何とか職につけて、理解してくれる優しい上司もいて、充実しています。だから、彼女にそんな報告ができたらなーって!」

アト「なるほど・・・」

紗希「ごめんなさい、この質問にはかなり私の主観が入っちゃいましたね。・・・あ、もうこんな時間!そろそろ失礼しますね!」

アト「はい・・・・ありがとうございました」

紗希「そういえば、今更なんですけど、タメ口で大丈夫ですよ。同い年ですし!」

アト「わかりました・・・」

紗希「あっ、抜けてない」

アト「そんなすぐには無理です・・・無理だよ」

紗希「そうですよね・・・そうだよね」

アト「あはは、なんか二人とも一昔前のロボットみたい」

(紗希、一瞬固まる)

アト「どうしたの?」

紗希「ううん、なんでもない。また明日!」

(5秒暗転。すぐシーン8が始まります)

 

 

シーン8

(明転、引き続き紗希とアト板付き。沙希は立ち)

(一つの漫画本を囲んで、談笑している)

紗希「それでね!このときバーって動いてダーって!」

アト「そうそう!その体勢でシュートが決まるんだから、漫画ってすごいよね」

紗希「ね!私、これ好きな人、初めて見た!」

アト「短期で連載終わっちゃったしね・・・」

紗希「ねー、もっと続くと思った!あ、このシーンがね!・・・ん、なにこれ?」

アト「ちょっと待って!」

紗希「これ、すごい上手!アトさんが書いたの?」

アト「あー、うん。カバーっぽく書いてみた」

紗希「えー、すごいね!他にないの?」

アト「ちょっとだけ読み切りで描いていたことはあるよ」

紗希「へー!いつごろ描いてたの?」

アト「会社に入ってすぐかな?・・・描き切ったら、友達に見せようと思って」

紗希「えぇ、なんか良いね!」

アト「でも、もう書かなくても良いかなって。僕にはもう戻る場所も、信頼できる人もいないから」

紗希「え?どうして?」

アト「昨日、亡くなった人と話せる能力が欲しいって言ってたよね」

紗希「うん、そうだけど・・?」

アト「仮にその能力が僕にあったとしても、僕は使わない。いや、使ってはいけない。だって、僕は親友を・・・殺したんだ」

(暗転・助手がアトの椅子を真ん中にずらす・沙希は椅子持ってはけ・アト裏で管袖)

 

 

シーン9

(碓氷板付き)

(アト、下手から入る)

アト「お先に失礼します」

(少し歩いて)

アト「お疲れ様!」

碓氷「・・・ん、お疲れ」

アト「え、また残業!?最近、ずっとじゃない?」

碓氷「あぁ、まあ・・・でも、そんなに多くないし」

アト「いや、少なくはないでしょ・・・」

碓氷「まあ、ちょーっと無茶なのはわかってるけどさ。この企画、一応俺リーダーだから」

アト「(手に取って)これってあの大手企業との共同研究の・・・」

碓氷「そうそう、社長直々に頼まれたんだぜ?『碓氷くん、この企画を頼んだよ』って!」

アト「すごいじゃん!」

碓氷「だろ!?この研究、ずっとやってみたかったんだよなー。開発課の上司も手伝ってくれて、なんとか軌道に乗ったよ」

アト「いーなぁ。なんで碓氷ばっかり・・・」

碓氷「んー、わかった。俺が優秀だからじゃない?」

アト「(笑って)それ普通、自分で言う?・・・まあ、同期で一番出世してるのは認めるけど」

碓氷「ゴメンゴメン、冗談だって。運が良かっただけだよ」

アト「まったく・・・でも、大丈夫なの?」

碓氷「何が?」

アト「上司って、あの笠原さんでしょ?」

碓氷「まぁ、確かに一瞬、不安はよぎったけど。噂ばかりに惑わされても、仕方ないかなぁって」

アト「そりゃそうだけどさ・・・」

碓氷「それに、笠原さん、結構良い人だよ。『初めてだから大変だろう』って言って、研究資料とか集めてくれて、原稿までアドバイスしてくれたんだ。この前俺が熱出して休んだ時もフォローしてくれたし。出すときも最後にチェックしてくれるって」

アト「うーん、あの笠原さんが?ちょっと信じられないんだけど・・・」

碓氷「・・・え?」

アト「だって・・・碓氷も知ってるでしょ?あの人が新人潰しで有名なこと」

碓氷「うん・・・知ってるけどさ?俺は実際にその現場を目撃したわけじゃないし」

アト「そりゃあ、そうだけどさ」

碓氷「それに、そうやって疑ってても、何も得られない気がするんだ。実際、こうして自分の仕事を差し置いて手伝ってくれてるし。だから俺は、笠原さんを信じたい」

アト「・・・まぁ、そうだね」

碓氷「それに最近、俺気づいたんだ。人生、悪いことばっかりじゃないんだなって。彼女に裏切られて、疑心暗鬼になってたけど。こうやってチャンスもらえて、いろいろな人に手伝ってもらえて・・・俺は恵まれてるなって思うよ」

アト「・・・そっか。碓氷がいいなら、いいけどさ?でもこの分量、大丈夫?」

碓氷「うーん、辛くはあるけどさ、今は仕事頑張るって決めたから。あーそうそう、彼女のこととか忘れるためにも」

アト「・・・そっか、わかった。本当は手伝いたいけど、これから会食だから・・・」

碓氷「あー、俺はそっちの方が嫌だな(笑)」

アト「でも、高級中華だよ?」

碓氷「んー、俺、あんまりかしこまっている所好きじゃないんだよなぁ」

アト「あはは、碓氷らしいな。そうだ、落ち着いたらまた、飲みにでも行こうよ」

碓氷「そうだな、速水の奢りなら」

アト「なんでだよ。」

(アトと碓氷、こづく)

アト「あ、じゃ、そろそろ行くわ。また明日」

碓氷「おう」

(アト、上手に去る)

(碓氷、始めようとして書類を崩してしまう)

SE:何かが散らばる音

(碓氷、しゃがんで拾う)

碓氷「あと少しだから頑張ろうっと」

(暗転)

 

 

シーン10

(碓氷、仕事中、座っている)

(アト下手から入る。管なし)

アト「碓氷、社長が呼んでるって」

碓氷「(不思議そうに)わかった」

(碓氷がその場で立ち上がり、照明をスポットに変える)

(*社長声のみ、博士にやってもらう)

社長「はあ・・・(ため息)。(怒りを隠して)碓氷くん、君には失望したよ」

碓氷「え・・・?」

社長「この研究に見覚えはあるな」

碓氷「・・・はい」

社長「なら説明してくれたまえ。どうしてそんなことをしたのか」

碓氷「・・・何か不具合がありましたでしょうか?」

社長「不具合どころではないよ」

碓氷「・・・すみません」

社長「はぁ。本当に、なんていうことをしてくれたんだ!ありえないだろう、研究を盗用するなんて」

碓氷「え!?」

社長「この結果は一昨年、理化学研究所が発表したものだろう。それを君は、何食わぬ顔で我が社のものとして載せようとしたわけだ。これは信用問題だぞ」

碓氷「違います!私は、こんな資料提出していません!」

社長「そんなはずはない。提出者は君の名前になっている」

碓氷「・・・え・・・」

社長「しらばっくれても無駄だ。それに、君は会議をすっぽかしたり、研究結果を書き変えたりしたそうだな」

碓氷「・・・・だから、違います!私は/」

社長「言い訳はよせ。・・・笠原が伝えてくれなかったら、一体どうなっていたことか・・・」

碓氷「笠原さん?」

社長「あぁ、『うちの部下がすみません。私の監督不足でした』と、この書類を持って謝罪に来たんだ。君の軽率な行動が、会社全体に迷惑をかけたのだよ」

碓氷「そんな!これは笠原さんが/」

社長「とにかく、明日から来なくていい。引き継ぎと辞表はこちらで手配しておく」

碓氷「・・・・・私は・・・ただ・・・」

社長「もういい、早く下がってくれ。目障りだ」

碓氷「・・・・・・失礼しました」

(碓氷、頭を抱える)

碓氷「なんでだよ・・・俺・・・あんなの書いた覚えなんてない・・・会議だって、全部出てきたはずだ・・・なのに・・・俺は・・・俺は・・・また騙されたんだ・・・・」

(照明もどす)

(碓氷、机に戻る)

(アト、下手から)

アト「あ、碓氷!そうそう、今日飲みに行かない?」

(碓氷、無言で書類を片付け始める)

アト「・・・碓氷?」

碓氷「・・・」

アト「あ、今日都合悪い?じゃあ、今度に・・・」

碓氷「・・・」

アト「ねえ、碓氷!?聞いてる!?」

(碓氷、忌々しそうに手を止めて顔を上げる)

碓氷「お前がそんな奴だとは思わなかったよ」

アト「何が・・・?」

碓氷「ふうん、そうやってしらばっくれるんだ」

アト「え・・・・?何のこと?」

(碓氷、突然高笑いをする・立つ) 

碓氷「そうか、そうか!俺が間違っているのか。自分以外、信じちゃいけない。やっと思い知ったよ」

アト「碓氷・・・?」

碓氷「速水も・・・ずりぃなあ。笠原のこと、忠告すると見せかけて、裏で手を組んでいるなんて・・・なぁ?」

アト「・・・え!?」

碓氷「俺が彼女と別れた時も、本当はほくそ笑んでたんだろ?」

アト「違うよ!そんなこと思ったことないって!」

碓氷「・・・さぁ?でも速水、安心しろ」

(碓氷、アトの肩に手を置く)

碓氷「お前の策略は成功した。俺はもうここにはいられなくなったんだから。クビだよ、クビ」

(碓氷、一枚の紙をアトに押し付ける)

アト「だから・・・何のこと!?」

碓氷「じゃあな」

アト「碓氷・・・・碓氷!?」

(碓氷、立ち止まらず上手へ消える)

(アト、数歩走るが立ち止まり紙を見る)

アト「これって・・・僕が書いたやつ・・・・」

(アト、息を飲む)

アト「(泣きそうに)違う・・僕は・・・何も知らなかったんだって・・・!」

(暗転)

(助手、暗転下で椅子かたして下さい)

 

 

シーン11

(女2は声だけ)

(アト、上から入る)

SE:電話の音(リリリリリリリリ・・・・ポチッ)

女2「あ・・・もしもし?・・・ねえ聞いて!?・・・碓氷くん、亡くなったんだって!自殺らしいよ。・・・うん、上司のパワハラ、かな・・・そう、笠原さん!自分より出世しそうで怖かったんじゃない?・・・あ、そうそう、知ってる?共同研究の話!・・・・うん!あれ、笠原さんが仕組んだんだって!碓氷くんからデータを預かった後に、偽のデータを混入させたって。あと、会議とか、碓氷くんに嘘の時間教えたりしたり・・・で、最後に自分から社長に告発したらしいよ!・・・・ねー、怖いよね!どんな映画よりもホラーだわ。・・・・リーダーが私たちじゃなくてよかったよね・・・・あ、そうそう、この前教えた新商品のあれ、食べた?・・・・えー、まだなの!(フェードアウト)」

(アト、しゃがんだまま)

アト「碓氷・・・・ごめん・・・僕のせいで・・・・ごめん」

(暗転)

 

 

シーン12

(アト、紗希板付き。アト管付き・漫画いらない)

アト「僕は・・・僕は。碓氷を・・・見殺しにした」

紗希「アトさん・・・。でも、アトさんは碓氷さんをおとしめようと思ってデータを作ったわけじゃないんだし、そんなに気にする必要は・・・」

アト「だけど・・・僕は、逃げたんだ」

紗希「逃げた?」

アト「確かに、僕は真っ先に笠原さんを恨んだ。怒りに震えてたよ、そして、僕が何とかしなきゃいけないって思った。何度も社長室の前まで行ったよ。ただ入って伝えればいいだけだと思ってた。だけど・・・一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、考えてしまったんだ。社長に言ったところで、僕はどうなる?・・きっと笠原さんは謹慎処分になるだろう。それはいい。だけど、僕も・・・処分を受けるだろうな、って。僕は、碓氷が羨ましかった。みんなに好かれて、誰よりも出世して・・・・少しくらい、碓氷が損したっていいじゃないかって、思ってしまったんだ。結局、ドアをノックすることなんてできなかった。どうせもう少ししたら戻ってくるだろう、その時に誤解を解けばいい、そう思ってた。だけど・・・碓氷は・・・」

紗希「・・・・」

アト「・・・・それから、何も考えることができなくなって、屍みたいに通勤して、拒食と過食を繰り返て・・・(自嘲気味に笑って)そうしたら、健康診断に引っかかって、この有様だよ」

紗希「アトさん・・・私はアトさんは悪くないと思う・・」

アト「ありがとう。・・・・無理して庇わなくても大丈夫だよ」

紗希「だって・・・アトさんはと(ても優しいから)・・・・」

SE:ノック

アト「・・・もう時間みたいだね。ありがとう」

(沙希、ゆっくり立ち上がる)

紗希「アトさん。あ、あんまり思いつめないで!」

アト「ありがとね」

(去っていく沙希・暗転下でも一回さりきってね)

(暗転)

 

 

シーン13

(引き続き紗希、アト板付き)

(二人とも無言で何も話さない)

SE:雨の音、雷の音。ここで大きく聞かせて以下BGM(暗転下で鳴らし始めて下さい)

紗希「・・・今日は雨みたいだね」

アト「・・・うん」

紗希「・・・・」

アト「昨日の検査でね、腫瘍が見つかったんだ。このまま放置しておくと、死んでしまうんだって。だから僕、このまま死のうと思ってる」

紗希「・・・えっ!?・・・死んじゃダメだよ・・・」

アト「ダメなのはわかってるよ。だけどさ、今が一番ダメだと思う」

紗希「どういうこと?」

アト「碓氷が自殺してから、生きるのが嫌で、何度もあいつの元に行こうと思った。だけどできなかった。僕はもう、生きる勇気も、死ぬ勇気もないんだ」

紗希「死ぬ勇気だなんて・・・!そんな・・・!」

アト「もう・・・何もしたくない。何をしても、こんな汚れた僕じゃ、ダメになるに決まってる。本当、生きるのも死ぬのもめんどくさい。だけどね、僕の腫瘍は僕を簡単に殺してくれるらしい」

紗希「そんなのダメですって!(泣きそうに)そんなの・・・碓氷さんも望んでないよ・・・」

アト「・・・どうかな」

紗希「アトさんは、碓氷さんに会いたいの?」

アト「そりゃあ、ね?会ってちゃんと謝りたいよ。・・・あぁ、でも、会いたくないのかもしれない。会っちゃダメなのかもしれない」

紗希「・・・どうして?」

アト「あいつが許してくれるのか、わからないから。そもそも碓氷に出会わなきゃ良かった。・・・そしたらこんなに悲しまなくて済んだのに。・・・いや違う・・・そうじゃない。・・・怖いんだ、僕は。過去に向き合うのも、未来に思いをはせるのも・・・。もう・・・どうしたらいいんだ?」

 

 

シーン14

(シーン13の続き・この辺からフェードしてSE消して下さい)

紗希「・・・私なりの考えだけど・・幸せな記憶だけを持っている人はいないと思う。いやむしろ、辛く、忘れたい記憶の中にある幸せを、大切な思い出というんじゃないかな。前も言ったと思うけど。陽菜が交通事故で亡くなった時の感情は、正直、よく覚えていない。だけど今も、彼女と会えて良かったなって。それは心から思う」

アト「・・・・どうして?」

紗希「私の中で陽菜は生きているから、かな?今でも思い出すんだ、陽菜と一緒に行ったレストラン、映画館、夏祭り・・・。何回か喧嘩もしたけど、それもいい思い出、かな」

アト「僕は、碓氷の人を信じる心が大好きだった。自分を犠牲にできる姿勢も、人あたりがいいところも。そして、一緒に笑いあえた時間は、幸せだったんだなぁ・・・って、あの時よりも強く・・・思う」

紗希「そっか。私はね、生きるっていうのはそういう過去の積み重ねなんじゃないかなって。人は、未来が過去になってからじゃないとそれが正しいかなんて誰にもわからない。だから、生きる理由なんて後からじゃなきゃわからないって思うの」

アト「そっか・・・僕は・・・このまま生きていてもいいの、かな」

紗希「うん・・・いいと、思う。碓氷さんの分まで生きることが彼の幸せ、じゃないかな」

アト「わかった・・・・僕、なんとか頑張って生きてみる。そして、元気になったら、碓氷の残した仕事をやり遂げたい」

紗希「そっか・・・!」

アト「だから僕、手術受けるね」

紗希「手術?」

アト「腫瘍を取り除く手術だよ。ずっと迷ってたんだけど、紗希さんの言葉でやっと決められた。ありがとう」

紗希「そうなんだ!手術って・・・いつ?」

アト「明日の昼、かな」

紗希「そっか・・・頑張ってね、応援してる」

アト「うん、本当にありがとう」

紗希「じゃあ、私はこの辺で」(ここで立ち)

アト「うん、また明日ね」

(暗転・沙希は椅子を片して)

 

 

シーン15

(博士・助手、板付き。このシーンは紗希の椅子ないよ)

(沙希上手から入る)

紗希「博士!聞いてください!アトさん、手術を受けて社会復帰するみたいです!!良かった・・・」

博士「・・・なるほど」

紗希「・・・博士?」

博士「よく考えてみなさい。アンドロイドに手術など、必要じゃろうか?」

紗希「確かに必要ないですね・・・機械ですし・・・」

博士「残念ながら・・・わしらは彼の不具合が致命的だと判断した」

紗希「何でですか!?社会復帰して、やり直そうとしてるじゃないですか!」

博士「すまんが、入院させた時点で決めてあったんじゃよ」

紗希「でも・・・何で教えてくれなかったのですか・・・」

博士「その時点で、もうスクラップが決まっておると伝えたら、君は冷静な判断ができないじゃろ?」

紗希「・・・・・スクラップ?」

博士「そうじゃ・・・彼に伝えた手術というのは・・・スクラップのことじゃ。まぁ、彼が手術をしないという結論を出したのなら、話は別じゃったが・・・都合よく、受け入れてくれた訳じゃな。これで、穏便に処分することができる」

紗希「そんな・・・・・・!」

博士「5日間、ご苦労じゃった。やはり、君は優秀な研究員じゃ。最終日も頼むぞ」

紗希「博士・・・・博士・・・待って!」

(助手が力ずくで紗希を追い出す)

(追い出されきらないくらいで暗転)

(沙希が椅子を持ってくる)

 

 

シーン16

(紗希、アト板付き・バインダーなし)

アト「今日の手術、14時からだって!・・・ちょっと緊張してきた」

紗希「・・・だめ!手術は受けちゃダメ!・・・その・・・危険だから!」

アト「あはは、そりゃあ絶対安全っていうわけじゃないけど」

紗希「(立つ)違うの! ・・・違うの・・・その手術は・・・その手術を受けたらあなたは・・・・」

アト「・・・紗希さん?」

紗希「(叫ぶように)その手術は・・・あなたを殺すためのものなの」

アト「・・・えっ?」

紗希「・・・言わなきゃいけないことがある。私は、心理カウンセラーではないの。5日前に、あなたの記録をとってほしいと言われたただの研究員。そして、あなたも・・・人間ではないの」

アト「そんな冗談・・・」

紗希「あなたは・・・社会で不適合だったアンドロイドなのよ」

アト「まさか・・・僕が・・・アンドロイド?」

紗希「そう・・・そして、あなたは今日、手術で殺される」

アト「そんな・・・」

紗希「本当は言っちゃダメだったんだけど・・・。急な話で信じられないかもしれない・・・だけど、(泣きそうになりながら)あなたは・・・あなたは・・・」

アト「・・・僕が・・・アンドロイド。(涙を流して)でも・・・どうして・・・・僕は・・・僕は・・・」

(紗希、顔を上げる)

アト「生きたい。もう一度、やり直したい。だけど・・・もう無理なのかな」

(紗希、立ち上がってアトのもとに行く)

紗希「ひとつだけ方法があるの。私がこの線を外せば・・・あなたは自由になれる」

アト「でも、そんなことしたら、紗希さんが・・・」

紗希「・・・いいの。・・・それに、私はあなたに生きてほしい」

アト「そんな・・・・」

紗希「まぁ、ちょっとの減給くらい、大した痛手じゃないよ。何とか、博士に掛け合ってみる。大丈夫だから。私のことは気にしないで」

アト「・・・・わかった」

SE:コンコン

助手「まもなく先生がお見えになります」

紗希「幸い、今はお昼時で人も多くないから。逃げるのはそんなに難しくない」

アト「紗希さん・・・」

紗希「・・・元気でね」

(線に手をかけ、抜く紗希)

紗希「早く!逃げて!!」

(頷き、走り出すアト)

(病室に取り残される紗希)

(アトのハケきって少しした後鳴り響く警報音、赤色を残して舞台の暗転)

SE:警報音

紗希「・・・待って!まって・・・なんで私・・・・・なん・・で・・・」

(暗転)

 

 

シーン17

(沙希の乗った台車を持っている助手)

(博士、助手、板付き)

助手「博士」

博士「あぁ、やっぱり不良品じゃったのか、それは」

助手「そのようですね」

博士「ワシの命令に背いて、職務を放棄した。これはアンドロイドとして、致命的な欠陥じゃ。・・・いくら情に流されたとはいえ、な?いやぁ・・・しかし面白かった。そいつに親友が死んだという記憶を植え付け、被験者と同じ境遇にしてみたんじゃが・・・。まさか同情まで出来るとはな」

助手「彼女を試すための実験だったと」

博士「じゃが・・・はぁ。処分には莫大な金がかかるんじゃがなぁ・・・どうやらこの個体はだめだったようじゃ。・・・こうなってしまっては仕方ない。今日中に業者を呼んでくれるかい?」

助手「わかりました」

博士「頼んだぞ」

(助手、車椅子で紗希を裏へ)

博士「おっと、そろそろいい時間のはずなんだが・・・」

SE:ノック(この時点では女2はまだ裏にいて下さい)

博士「どうぞ」

SE:ドア1

(女2上手から入る)

女2「お呼びでしょうか」

博士「おぉ。よく来てくれた。実は君に折り入って頼みたいことがある」

女2「・・・はい」

博士「心理カウンセラーとして、アンドロイドの記録をとって欲しい」

(暗転)